🐔文字数制限のためセリフ部分は省かせていただきました。
🐔読みやすいように一部、漢字やカタカナ、改行などを行っております。(もとの文章は青空文庫様からコピーさせていただきました。)
『よだかの星』 宮沢賢治・作
夜鷹(よだか)は、実に醜い鳥です。
顔は、ところどころ、味噌を付けたようにまだらで、クチバシは、平たくて、耳まで裂けています。
足は、まるでヨボヨボで、一間とも歩けません。ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、イヤになってしまうという工合でした。
たとえば、ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、よだかよりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など、よだかに会うと、さもさもイヤそうに、しんねりと目をつぶりながら、首をそっぽへ向けるのでした。もっと小さなおしゃべりの鳥などは、いつでも、よだかの真っ向から悪口をしました。
「」
こんな調子です。おお、よだかでないただの鷹ならば、こんな生半可の小さい鳥は、もう名前を聞いただけでも、ブルブルふるえて、顔色を変えて、からだを縮めて、木の葉の影にでも隠れたでしょう。
ところが、よだかは、ほんとうは鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、よだかは、あの美しいカワセミや、鳥の中の宝石のような蜂すずめの兄さんでした。
蜂すずめは花の蜜を食べ、カワセミはお魚を食べ、よだかは羽虫を獲って食べるのでした。それによだかには、鋭い爪つめも鋭いクチバシもありませんでしたから、どんなに弱い鳥でも、よだかをこわがる筈はなかったのです。
それなら、鷹という名のついたことは不思議なようですが、これは、一つはよだかのはねが無暗に強くて、風を切って翔ときなどは、まるで鷹のように見えたことと、もう一つは鳴き声が鋭くて、やはりどこか鷹に似ていた為です。
もちろん、鷹は、これを非常に気にかけて、いやがっていました。それですから、よだかの顔さえ見ると、肩をいからせて、早く名前を改めろ、名前を改めろと、言うのでした。
ある夕方、とうとう、鷹がよだかの家へやって参りました。
「」
鷹は大きな羽を一杯に広げて、自分の巣の方へ飛んで帰って行きました。
よだかは、じっと目をつぶって考えました。
(一体僕は、なぜこう皆にいやがられるのだろう。僕の顔は、味噌を付けたようで、口は裂けてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。
そしたら、めじろは、赤ん坊をまるで盗人からでも取り返すように僕から引き離したんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それにああ、今度は市蔵だなんて、首へ札をかけるなんて、辛い話だなあ。)
辺りは、もう薄暗くなっていました。
よだかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。よだかはまるで雲とスレスレになって、音なく空を飛びまわりました。
それから、にわかに、よだかは口を大きく開いて、羽を真っ直ぐに張って、まるで矢のように空を横切りました。小さな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉に入りました。
からだが土に付くか付かないうちに、よだかはひらりとまた空へ跳ね上がりました。もう雲は鼠色になり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。
よだかが思い切って飛ぶときは、空がまるで二つに切れたように思われます。一匹のカブトムシが、よだかの咽喉に入って、ひどくもがきました。よだかはすぐそれを飲み込みましたが、その時、何だか背中がゾッとしたように思いました。
雲はもう真っ黒く、東の方だけ山焼けの火が赤くうつって、恐ろしいようです。よだかは胸がつかえたように思いながら、又、空へ昇りました。
また一疋の甲虫が、よだかの喉に、入りました。そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてバタバタしました。よだかはそれを無理に飲み込んでしまいましたが、その時、急に胸がドキッとして、よだかは大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。
(ああ、カブトムシや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなに辛いのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫を食べないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
山焼けの火は、だんだん水のように流れて広がり、雲も赤く燃えているようです。
よだかは真っ直ぐに、弟のカワセミの所へ飛んで行きました。キレイなカワセミも、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そしてよだかの降りて来たのを見て言いました。
「」
よだかは泣きながら自分のお家へ帰って参りました。短い夏の夜はもう明けかかっていました。
羊歯の葉は、夜明けの霧を吸って、青く冷たく揺れました。よだかは高く、きしきしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんと片付け、キレイにからだ中の羽や毛を揃えて、また巣から飛び出しました。
霧が晴れて、お日さまが丁度、東から昇りました。よだかはグラグラするほど眩しいのを堪えて、矢のように、そっちへ飛んで行きました。
「」
行っても行っても、お日さまは近くなりませんでした。かえってだんだん小さく遠くなりながらお日さまが言いました。
「」
よだかはお辞儀を一つしたと思いましたが、急にグラグラしてとうとう野原の草の上に落ちてしまいました。そしてまるで夢を見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星の間を昇って行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又、鷹が来てからだを掴んだりしたようでした。
冷たいものがにわかに顔に落ちました。
よだかは眼を開きました。一本の若いススキの葉から露が滴ったのでした。もうすっかり夜になって、空は青黒く、一面の星が瞬いていました。
よだかは空へ飛びあがりました。今夜も山焼けの火は真っ赤です。よだかはその火の微かな照りと、冷たい星明かりの中を飛びめぐりました。それからもういっぺん飛びめぐりました。そして思い切って西の空のあの美しいオリオンの星の方に、真っ直ぐに飛びながら叫びました。
「」
オリオンは勇ましい歌を続けながら、よだかなどはてんで相手にしませんでした。よだかは泣きそうになって、ヨロヨロと落ちて、それからやっと踏み止まって、もういっぺん飛びめぐりました。それから、南の大犬座の方へ真っ直ぐに飛びながら叫びました。
「」
大犬は青や紫や黄や美しくせわしく瞬きながら言いました。
「」
そしてまた別の方を向きました。
よだかはガッカリして、ヨロヨロ落ちて、それから又、二へん飛びめぐりました。それから又思い切って北の大熊星の方へ真っ直ぐに飛びながら叫びました。
「」
大熊星は静かに言いました。
「」
よだかはガッカリして、ヨロヨロ落ちて、それから又、四へん空をめぐりました。そしてもう一度、東から今のぼった、天の川の向う岸の鷲の星に叫びました。
「」
鷲は大風に言いました。
「」
よだかはもうすっかり力を落してしまって、羽を閉じて、地に落ちて行きました。そして、もう一尺で地面にその弱い足が付くというとき、よだかは俄にのろしのように空へ飛びあがりました。空のなかほどへ来て、よだかはまるで鷲が熊を襲うときするように、ブルッとからだを揺すって毛を逆立てました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林に眠っていた他の鳥は、みんな目を覚まして、ブルブル震えながら、訝しそうに星空を見あげました。
よだかは、どこまでも、どこまでも、真っ直ぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はタバコの吸殻のくらいにしか見えません。よだかはのぼってのぼって行きました。
寒さに息は胸に白く凍りました。空気が薄くなった為に、羽をそれはそれは忙しく動かさなければなりませんでした。
それなのに、星の大きさは、さっきと少しも変りません。つく息はふいごのようです。寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。よだかは胸がすっかり痺れてしまいました。そして涙ぐんだ目をあげてもういっぺん空を見ました。
そうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、逆さになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただ心もちは安らかに、その血のついた大きなクチバシは、横に曲がってはいましたが、たしかに少し笑っておりました。
それからしばらく経って、よだかはハッキリ眼を開きました。そして自分のからだが今、燐の火のような青い美しい光になって、静かに燃えているのを見ました。
すぐ隣は、カシオピア座でした。天の川の青白い光が、すぐうしろになっていました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。
参考:青空文庫 様
映像:あつまれどうぶつの森/Animal Crossing
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